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始まりは、神々がまだ人間たちの住む地上に行き来していた頃の、遠い昔にさかのぼる。
慈愛と戦の神・アヴトゥルナ神が一人の美しい女と恋に落ちた。あまりにも身分が違う二人であったが、二人は激しく惹かれあい、身分を乗り越えて二人は結ばれ、
女はアヴトゥルナ神の子をその身に宿した。
アヴトゥルナ神はおおいに喜び、それを期に神は女を自分たちが住む天上の地へと連れて行こうとした。
しかし女は、神と同等の力を持つ我が子の力に耐えることができず、出産とともに息絶えてしまった。
アヴトゥルナ神は女の死に悲しみ、嘆き、我が子を置いて天上の地へと戻っていってしまった。
来る日も来る日も愛する女を失った悲しみに嘆いていた神に、ある日、ひとつの幼い声が届いた。
悲しまないでください、もう悲しまないでください。ワタシがいます、あなたの子がいます。
ワタシが母のぶんまでアナタ様を愛します。アナタ様が悲しまないよう、ワタシがアナタ様を愛しますから。
ですから、悲しまないでください…
それは地上に残していった我が子の声だった。神と同等の力を持つ子は、神に声を届かせること、そして神の声を聴くことができたのだ。
アヴトゥルナ神は喜び、女を失った悲しみを癒すかのように子と飽きず会話をした。
神の地と人間の地が完全に別った時には、アヴトゥルナ神は我が子を守ろうと、子の住む土地にさまざまな恩恵を与えた。
そして子との会話は途絶えることなく、会話はいつしか人間たちへの”お告げ”へと変わった。
人間たちは神の声を聴き、神に声を届け、”問う”ことができる神と人間の間の子を、”神問いの子”と呼んだ。
八つ歳が離れている一番上の姉のマオは、まだ幼いリネから見ても美しく、魅力的な女性だった。
黒くて艶やかで豊かな長い髪に、この民族特有の褐色の肌。しかしマオの肌は他の人と違う気がした。
憧れがあるからか、もっと美しい特別なものに見える。
黒くて大きな目を伏せると、長い睫毛が頬に影を落とす。筋の通った小さな鼻に、淡く色づいている形のいい唇。
背も高く、十七歳なのにすでに成熟した大人の雰囲気を醸し出している。
性格も穏やかで優しく、誰からも好かれている。
まさに完璧だ。理想だ。マオ以上に美しく完璧な人はいないと思う。
(カエとは大違いだ)
マオの美しい横顔を眺めながら心の中で呟く。六つ歳が離れている二番目の姉のカエは、本当にマオと血が繋がっているのかと疑いたくなるくらい、
マオに似ていない。正直、器量があまり良くない。
本人もそれを気にしているらしく、マオにはいつも反抗的だ。そして末っ子のリネにも優しくない。きっとマオに懐いているからだ。
暗くて恐くて優しくない。カエのことは大嫌いだ。
「――”神問いの子”が初めて神に声を届けたのが、十四歳の誕生日の時。それを記念して大昔のその日――つまり今で言う明後日ね、
神の声が降りた日、という意味で”神降祭”が行われるの」
優しい笑顔を浮かべて明後日行われる祭りのことを説明してくれる。
”神降祭”というのはこの村で一番大きな、そして一番重要な祭りである。この祭りには同盟を組んでいるデュッセンブルク皇国の代表――
大抵はその国の外務卿だが――が来て、村と共に”神問いの子”の誕生日を祝い、そしてアヴトゥルナ神に今年一年の平和と国の繁栄とご加護を願い、
その声を”神問いの子”が届ける。
村で二日間祭りが行われた後、”子”はデュッセンブルク皇国の首都・カヴァリラステーネへと赴き、皇帝の
前で一年のお告げを与える。
一年の祭りの中で一番大掛かりな祭りを明後日に控えた今日は、マオがリネに”神問いの子”について教えてくれている。小さい頃から何度も聞いている話だが、
これが祭りを行う際のしきたりなのだからしょうがない。年長者はリネくらいの幼い子供にこの話をしなければならないのだ。
(マオが”神問いの子”だったらいいのに)
“神問いの子”の話を聞くたびにいつもそう思う。それを何度か口にしたことがあるが、いつも決まってマオは小さく笑って「ありがとう。でも“神問いの子”は私なんかよりもっともっとすごいんだから。私は身代わりで精一杯よ」とあしらう。
マオは“神問いの子”だ。いや、正式には“神問いの子”とされている。
今この村には“神問いの子”がいない。リネやマオが生まれる少し前にこの村からいなくなってしまったらしい。
大人たちは詳しい事情を話してくれないが、幼いリネでも今この村に“神問いの子”がいなくて、マオはその“神問いの子”の身代わりをやらされている、
ということは理解している。
“神問いの子”を知っている大人たちは、“子”の唯一無二の美しさとその強さを称えるが、しかしリネには納得いかなかった。
マオより美しい人なんかいない、といつも思っている。
だからマオが“神問いの子”だと知った時は嬉しかった。しかし、身代わりにされていると知って大きなショックと、憤りを覚えた。
何故マオが“神問いの子”ではないのか、と。身代わりだなんてかわいそうだ、と。
それ以来“神問いの子”の話があまり好きではないのだが、それでもマオが話してくれるのならどんな話でも聞く。
マオと二人だけで過ごす時間がリネには嬉しいのだ。
「だけど“神問いの子”はいないんだよね」
詳しい事情は知らないが、ここに“子”はいない。ならばもう“子”はマオでいいではないか。
「えぇ…でもきっと何処かで生きていらっしゃるわ」
静かな声ではっきりと答える。
「“神問いの子”は何処に行っちゃったんだろうね」
頬杖をついて深いため息をつく。
「そうね。それは分からないけれど、でもいつかきっと戻ってくるわ。だってここは“神問いの子”が生まれた村ですもの」
リネの小さな頭を優しく撫でながらマオが言う。優しく撫でられてリネは気持ちよさそうに目を閉じる。
“神問いの子”なんか帰ってこなければいいのに、と心の中で呟く。
「マオが本当の“神問いの子”だったらいいのに…」
もう何度も言った言葉を再びこぼす。これにマオは何度も言った答えを言う。
マオの膝の上に頭を乗せて甘えるように細い腰を抱きしめる。まだ祭りの準備があるはずなのにマオはリネに付き合って優しく背中を撫でてくれる。
マオは優しいな、リネも将来おっきくなったらマオのようになりたい、と心の中で呟いてリネは目を閉じた。
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