2
”子”は怯えていた。きっと恐ろしいことになる、と。
大きくなった腹をそっと手をあてて確認するとぞっとする。
あぁ、この中の子供はマチガイなのだ。自分のマチガイの結果なのだ。
もう生まれる日までそう遠くない。あぁ、そうだ、数えてみればもう少しではないか…あぁ、恐ろしい。
子供が生まれるのが恐ろしい。その子供の姿を見るのも、恐ろしい。だけど、それよりもその子供が自分と同じような道をたどるのかと思うと、もっと恐ろしい。
どうして自分は残されてしまったのだろう、と幼い頃からずっと繰り返してきた自問をまた繰り返す。答えは簡単だ。自分が女だからだ。
しかしきっとこの子供は違うだろう。自分が残された時からマチガイは始まっていたのだ。
恐怖で気がおかしくなりそうだ。子供を宿したその日から”子”は怯えていた。この子供がどういう子供なのか、宿した時から分かっていたから。
恐怖は日を重ねるごとに、腹が目立つのと比例して大きくなり、”子”の精神を蝕んだ。
逃げよう、とふと思った。そうだ、逃げよう。逃げてこの子には普通の暮らしを与えてあげよう。そうだ、きっとそのほうが幸せになれる。子供だけではない、自分も。
”子”は目の前にある自分を生み出した”親”の像を見上げる。金属で表現された自分の”親”。敬愛すべき、崇拝すべき、”親”。
そういえば日が経つにつれて”親”の声も聞こえなくなってきた。力が薄れてきている証拠だ。自分の力はもう腹の中にいる子供に移りつつある。あぁ、恐ろしい。
金属で表現された”親”は慈愛の笑みを浮かべて、だけど無表情に自分を見下ろしている。
自分は今それに背こうとしている。そう思うと別の恐怖が身体を震わせる。
だけどほとんど思いつきで思ったことが、短い間にゆるぎない決心へと変わっていた。”子”は唇を噛み、立ち上がった。
もう震えはなかった。毅然と立ち、挑むようにその像を睨む。黒い瞳には決心を窺わせる強い光が宿っていた。
身を翻し、しっかりとした足取りで出口へと向かう。
”子”は初めて”親”に背を向けた――…
いいかい?神話を信じちゃあいけないよ?神話なんてしょせんお伽話さ。
だってそうだろう?話を作ったのは人間さ。人間が作って人間が伝えていったのさ。神様が作ったわけじゃあない。
だからそこにはたくさんの嘘がある。全部が嘘だとは言わないよ。だって実際にあれがいるんだから。
その嘘はな、人間たちにとって都合がいい嘘なんだよ。そりゃあそうだろ。自分たちにとってよくないことなんか普通は伝えないだろう?
人間たちは嘘でぬりたくっていいほうに話を作って、そして新たなる人間たちを洗脳させるんだ。
そうして伝統は守り継がれていく、って話さ。
だからな、神話を信じちゃあいけないよ?そこには都合のいいたくさんの嘘があるのだから。
話を受け継ぐワタシたちはそれを見極めなければならない。どれが都合のいい嘘で、なにが残酷な真実なのか、を。
⇔⇔BACK⇔⇔ ⇔⇔NEXT⇔⇔
|